兎村彩野|Illustrator / Art Director

手を動かす事の大切さ

ちょっとワーカホリック気味なくらい仕事が好きです。ただ手を動かしているとそれだけで楽しいです。永遠の図工の中で生きています。

 

昔はデザインとイラストの仕事しかしていなかったので、とにかく作り続けていました。17歳から30歳まで、本当によく作ってきたと思います。高校生でフリーランスの道を選んだので、父の会社の手伝いで多少の社会における会社の仕組みは学びましたが、ほぼ先輩がいない環境でひとりで働きました。

失敗も成功も、判断してくれる人が近くにいなかったので、クライアントが喜んでくれたかどうか、クライアントの役に立てたかどうかでしか、自分が何をして結果を出したのか分かりませんでした。

お礼を言われた時も相手の顔をよく見て、本当にお礼を言っているか社交辞令かを見極めないといけなかったので、その努力が今の観察する力になっています。食べていくために毎日毎日観察する訓練をしないと生きていけなかったというのが本音です。これは少し大変でした。

 

誰も教えてくれない環境だったので「ひたすら自分で考える」「知っている人に謙虚に聞く」しかカードがなく、たった2枚のカードで10年くらいがんばりました。もちろん不安もあれば、ダイレクトにお礼を言われるので喜びもあり「私にはあっている生き方だった」と、そこだけはすごく自信を持っています。

 

とても不器用で、効率よくはないやり方かもしれませんが「手を動かした時間だけは自分を裏切らない」を信じて(というかそれしかなかった)、人よりたくさん手を動かす事に時間を使っていました。

自分一人しかいない環境で生きてきたので「工夫する思考」が全身に染みついています。工夫すれば楽が出来る。楽が出来ればもっと手を動かす時間を作れる。とてもシンプルですが、手を動かす時間を一番多く作るために生きていました。

楽しいことだけでは人は成長しないとなんとなく感じていたので、100回楽しい事があったら80回は我慢して手を動かそうと決めていました。実際我慢して手にいれた時間は家でもくもくと何かを作ったり、本を読んだりに使ってきました。人よりたくさん手を動かせば学歴やコネがなくても食べていける技術がつく。これは本当でした。

 

「工夫する思考」と「人を観察する訓練」のおかげで30歳からはディレクターのお仕事も依頼されるようになりました。ディレクターの仕事をするときは資料を作ったり、考えたり、見学へ行ったり。人の話を聞く時間も長いので、手を動かす時間はどうしても減ってしまいます。

しばらくディレクター職が楽しくなって手を動かす事をサボっていたら、一時ナニを作ってもすごく下手になった時期があります。他人と比べて下手ということではなく、昨日の自分より手が思うように動かないという下手です。その事に気付いて愕然としました。

 

モノを作る職業は、ほとんど生き方と直結していて、手を抜けばどこまでも抜け、手数を減らせばどこまでも減らせます。手を動かさなくなればそれだけ自分の成長が止まってしまう職業です。止まるだけでなく少し後退もします。楽しく愛おしい職業ですが、なかなか残酷で、他の人に安易に勧められません。この感覚を押しつけることはできないし、自分で選んで自分で手を動かす以外に未来が見つからない職業でもあります。

 

今は頭と心でするディレクションと手を動かすデザインやイラストの仕事とをバランスで分けています。ディレクション3、手を動かす仕事7。このバランスがぎりぎり下手にはならずに、かつディレクションという頭と心を使う仕事で新しい事に挑戦できるのりしろを持てます。

 

ディレクターもクリエイターも両方するとどっちつかずの半端な人間になってしまうかなぁと最初は不安でしたが、ここ数年は慣れてきて「仕事を受ける人」と「仕事を頼む人」の両方の気持ちを経験できて、かなりスムーズに働けるようになりました。

ディレクターをすればどういうイラストレーターになればいいかわかります。イラストレーターをしているとどういうディレクターと仕事したいかわかります。その考え方の繰り返しを日々の中で持てるように働いているので、これも私の個性だとやっと思えるようになりました。

 

夢や目標があれば、一番の近道はとにかく手を動かす事。私はこの1つだけは死ぬまで信じていけます。物作りの仲間のどこを信頼の決め手にするかとしたら、手を動かす事の大切さを知っている人・こっそり本当は手を動かしている人です。もし手を動かしている人と動かしてない人なら、才能ある人より、天才より、手を動かしている人を信じます。

手を動かすことの大切さを共有できる人たちと働くとき、希望を感じます。

by
Illustrator / Art Director 兎村彩野。1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にプロのイラストレーターとして活動を開始する。17歳でフリーランスになる。子ども向けの絵(NHKおかあさんといっしょの「黒ネコダンス」や「ながぐっちゃん」など)や女性向けの絵、アウトドアの絵を得意する。ドイツの万年質LAMY1本で描く「LAMY Sketch」が人気になる。
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