兎村彩野|Illustrator / Art Director

圧倒的な量の向こう側へ

沖縄で『 追悼水木しげる ゲゲゲの人生展 』を見てきた。

そこで吹き飛ぶくらい感動したのが、水木先生の圧倒的制作量とログ量。いったい生涯でそれだけの量を描いてきたのだろうか。線にしてその総距離はどれくらいになるのだろう。天文学的数字になりそうな、そんな錯覚と眩暈でクーラーの効いた美術館の中、変な汗がずっと出ていた。

 

私の人生はもうすぐ40歳を迎える。身体に付く柔らかい贅肉に中年太りを実感したり、お肌は三回くらい角を曲がって随分遠くまで来た気がする。それでも、こんな自分が、よく今日まで好きな事や好きな人と一緒に生きて来れたなぁと思うし、人生には満足しているので、やって来た中年期を全力で愛していこうと思っている。悪あがきはしない、決めている。

 

そんな肉体や精神の変化を楽しみながら、未来の自分に怒られる点はないか探していた。今しか出来ないことはいつも必ずある。その今しか出来ないことはなにか。自問自答を繰り返す日々。死ぬまで続くなぞなぞをひたすら解いている。

 

水木先生の圧倒的な「量」を前にして、どうしようもない眩暈と、その眩暈のずっと奥に眠る私が「おい!手が動く最後の時間じゃないか?」と目覚めて声をかけてくる。

若くしてデジタルを手に入れてしまったので、手は早い方だと思う。どう効率よく制作すればいいか組み立てるのは得意になった。そんな器用な自分は今日までの努力だけれど、では今一度、あまりやってこなかったコトをやってみるのはどうだろうか?と、私が私に言う。

 

少し前から、何も考えず、誰かからの評価も気にせず、ただひたすら思うがまま描いてみるのはどうだろうと、アナログで手を動かす時間を毎日2時間作るようにした。なにが自分をそうさせたのかはよく分からないけれど、なにか直感のようなもので「たぶん、必要」と閃いた。

その閃きをはじめたところで、水木先生の展覧会である。きっと、本能で、今、圧倒的「量」と「ログ」に魅せられている。簡単にコピペが出来る時代に、わざわざ遠回りをして手で描いてみたいと。なんだか自分のなかで、答えは分からないけど、問題は見つけた気がして、ひたすら描くことにした。描いて全てをログ化するために、HPを更新したり、SNSに投稿したり。ただただログを作り続けるという行動をしている。

 

夢や目標があってそこへ効率よく進む生き方もある。丁寧にスケジューリングして、なんなら人生の予算をしっかり組んで。それはとても健全で素晴らしい事。私もきっとずっとしていたこと。

今、したいのは、その逆からのアプリーチで、ひたすらまずはログ化して手を動かして、何でも良いから作って考えて。迷うよりまず作って、目で見て、脳みそを刺激して、目標も夢もなく、ただひたすら前に進む。その先にある見たことのない景色・感覚・感情に会ってみたい。そしてそれを「夢だった」と過去形で呼んでみたい。

 

圧倒的量の先にあるなにか。貴い景色を水木先生の妖怪達が手招きしてくれたなら、私は嬉しいし、素直にそちらへ行ってみたいと思う。いや、ちがいな。思うより先に歩き出していた。

by
Illustrator / Art Director 兎村彩野。1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にプロのイラストレーターとして活動を開始する。17歳でフリーランスになる。子ども向けの絵(NHKおかあさんといっしょの「黒ネコダンス」や「ながぐっちゃん」など)や女性向けの絵、アウトドアの絵を得意する。ドイツの万年質LAMY1本で描く「LAMY Sketch」が人気になる。
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