兎村彩野|Illustrator / Art Director

「話なんか通じなくていいよ」という考え方。

先日、夫の実家から柚子をもらったので、夫がジャムを作ってくれました。

実家話などに花が咲き、食べながら昔話をしていました。我が家夫婦はとてもコミュニケーションが楽なので、小さい頃は他人とどんな感じで話をしたり、分かったり、分からなかったりしていたかなぁみたいな話をしていて、ふっと思い出したこと。

 

小学校の頃「みんなと仲良くしましょう」みたいな言葉が教室に貼ってありました。

真面目だった私は「あ〜仲良くしなきゃいけないんだ〜。」とうっすら思っていました。

 

けれど小学生の低学年くらいで、もうみんなと仲良くなんか存在しないんじゃないかと気付き始めます。

私の知っているコトと、みんなの知っているコトには、ある部分とない部分があって、全員が同じように「うん、わかる」とは、なかなかならないんだと感じていきます。知らないことを知っているクラスメイトに教えてもらうとき「すごいな〜!へ〜面白いな!」と思うし、絵の描き方などをクラスの人に聞かれて答えると「あやちゃんすごいね!」とか言ってくれます。

 

たった10年くらいしか生きていないし、環境が近い近所の人が集まる田舎の学校の教室の中でも、そんな感じで「みんなが知ってる」はとても少ないと分かってくると、人と仲良くするというのはとても難解で、否定や批判しないくらいしか出来ないんじゃないかなぁと感じていました。

同じ日本語では話しているけど、同じ言葉では話していない。そう思うようになりました。言語と言葉は別物。このことに気付いたときにかなりスッキリしたのを覚えています。

 

大人になって仕事をしていると、もっと話が通じないことが増えました。自分が知らないこともあれば、相手が知らないこともある。同じ事を知っているのに、価値観が違うので違う事のように捉えられている。

 

夫と結婚して、日々、とてもスムーズにコミュニケーションがとれるので、「話が通じないないストレス」が日常から激減しました。話が通じるというとても単純な事が、こんなにも暮らしを楽しくおかしく面白くするのかと、感動しています。その体験から、「話が通じる」っていうのは人生のご褒美か奇跡みたいなもので、基本は「話は通じない」と思って生きている方がずっと楽だなぁと気付きました。たまに通じる人もいる、ほとんどだいたいの人とは通じない。このくらいの感じでいいかなと。

 

笑い話で冗談は言いますが「話は通じない」方が基準になると、悪口や否定は減っていきます。そもそも通じないんだからしょうがないか、まぁいい。くらいにゆるく生きていけるようになります。

 

「みんなと仲良くしましょう」これはみんなと話が出来るようになることではなく、出来る人とはすればいいし、出来ない人も否定せず「あんな人もいるなぁ」と寛容でいる事なのかな、と、20年くらいかかって理解できてきました。みんなでふわっと寛容状態でいる。これが「みんなと仲良くしましょう」の私なりの答えです。他人の存在を否定しないだけでも人って優しくなれるんじゃないかなぁ。

 

小学校の教室で「仲良くするって難しいわぁ」と困惑していた小さな私に「大丈夫、オトナになってもみんなと仲良くするのは難しいし、しなくても生きていけるから」と手紙を送りたい。

by
Illustrator / Art Director 兎村彩野。1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にプロのイラストレーターとして活動を開始する。17歳でフリーランスになる。子ども向けの絵(NHKおかあさんといっしょの「黒ネコダンス」や「ながぐっちゃん」など)や女性向けの絵、アウトドアの絵を得意する。ドイツの万年質LAMY1本で描く「LAMY Sketch」が人気になる。
SNSでフォローする
関連記事
No articles