兎村彩野|Illustrator / Art Director

魅力的なものはいつだって美しすぎて怖い。怖いぐらいでちょうどいい。

今まで自分のつくりたいモノを作る仕事は、仕事全体の3割を越えることがなかった。

常に7:3くらいで [ クライアントワーク ] : [ 自分の表現仕事 ] のバランスだった。

クライアントワークはご飯を食べて行くにはありがたいことで、働くコトにも自信が持てるし、色々な人に出会う楽しみがあった。その反面、自分が背負うモノはクライアントに一度届いてから落ちてくるので、濃度がない。

 

ここ最近、このバランスがついに4:6で [ クライアントワーク ] : [ 自分の表現仕事 ] で逆転しようとしてきた。今日あたりは本当に5:5の瀬戸際な感じはあり、少し情緒不安定まで出ている。人生のシーソーが逆に振り切れようと最後の緩みをみせている。油を差した金属の継ぎ目が、人差し指でふっと押せばきっと傾くだろう。それくらいのゆるいバランスがキーキーと音を立てて、ひとりしかいない公園の真ん中で佇んでいる。

 

「ナニカになりたいという夢」があったわけではない。17歳から目の前に来るお仕事をこなしていくことで、自然と私は職業が決まった。職業があとから追いかけてきたのだと思う。

その職業が、自分の内側から発信する作家的な仕事に変わってきて、いよいよ全部がひっくり返る日が来た。その感覚が不安で立ち止まってしまった。

 

きっといつかは作家側へ進むんだろうと漠然と思っていた。その仕事は、いままで引き受けていた物とは違う物をもっとたくさん世界から引き受けることを意味するし、否定する人・悪く言う人も出てくるだろう。そういう物も引き受ける仕事だと分かっている。その引き受けるものが変わるというのは、まだ見たことのない世界に進むこと。新しいカタチや色、匂いや質感がやってくる。

 

その新しいモノたちが、どうしてもまだ怖いなと感じる私がいて、最後のあと一歩が出ず、静かな夜のような心の中のシーソーしかない公園の中で、ぼーっと突っ立っている。なかなか公園に朝日が昇ってこない。

 

あまりにも連日その状態なので、さすがに少し疲れてきて、ふっと足元を見ていた。

 

「そうか、ちゃんと不安になったり、変化が怖かったり、新しいことに挑戦するのは誰にでも大変なんだ。大変だから立ち止まる心を持つのは当たり前だし、それは動物としてきっと健全なコトなんだ。」

 

自分の中の不安の意味が分かってきたら、この曖昧な気持ちまでもが、表現して残すものなのだと気付いた。

どこかで不安はもうないとか、怖くないとか、私は鈍くなっていた。その鈍さのまま次へ進めばいつか必ず怪我をする。世界の小さなコトに気付き、どこまでも他人に優しく生きる時間が始まるのだから、繊細になって当たり前なのだと。

 

どれだけ鈍くなっていたか。鈍くなることで自分を守っていたのだろう。それもいい。生き抜くために鈍くなった。生き抜けたのなら、もうその時間は卒業。前のままのバランスでいたいなら作家側にくるのを辞めれば良いのだろうけれど。自分がそちらへ進みたいと思ったのだから。諦めて繊細な感情と付き合って行かなければならない。簡単ではないだろうし、よりもっと色々なモノを観察するだろう。

 

怖いぐらいでちょうどいい。魅力的なものはいつだって美しすぎて怖い。

頭で思うよりもずっと、身体や心はこれからくるものを分かっていて、20年くらいかけてその準備をしていた。無意識に。そう、無意識にだから気付かなかった。

 

いい加減、腹をくくってやるしかないなと思った。言い訳は終わりだ。

 

夜明けの前は一番暗い。なぜ暗いのか。鈍いから見えないのだ。黒の深さが。そこにある藍色もネイビーも。微かなグレーも。夜明け前の黒が一番美しいグラデーションの黒で、見よう感じようとしないと、ただの暗闇になってしまう。繊細になって目が慣れてきた私は、真っ暗な公園で夜明けの匂いを感じているはず。暗闇に怯えて目を瞑っても匂いはする。

今日からもう、やるしかないんだ。光は昇る。昇りはじめている。

 

 

この感覚を忘れないための記録として。

by
Illustrator / Art Director 兎村彩野。1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にプロのイラストレーターとして活動を開始する。17歳でフリーランスになる。子ども向けの絵(NHKおかあさんといっしょの「黒ネコダンス」や「ながぐっちゃん」など)や女性向けの絵、アウトドアの絵を得意する。ドイツの万年質LAMY1本で描く「LAMY Sketch」が人気になる。
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