兎村彩野|Illustrator / Art Director

幸せな人は人生の湿度が低い。

友だちが多いかと聞かれればそうでもないと思う。知り合いが多いかと言えば多そうな気はする。

幅広く色々な世界の人と繋がっているけれど、所詮は私のフィルターなので偏ってはいるかもしれない。ただ、人間関係が偏っていない人を思い出そうとすると、私はひとりも思い出すことができない。

 

私の中のフィルターを通して知っている人たちをずらっと記憶の中に一列に並べて、ふっと「あの人幸せそうだなぁ」と思う人を思い出してみた。

その中でひとつ気付いたこと。幸せそうな人は大抵、ドライ。人生の湿度が低い。なんというか、カラッとしている。

天気が良い乾燥した日のベランダに干したからっからの白いTシャツとか、ベタベタしないサックサクの焼きたてパイの皮とか、新宿立𠮷の串揚げの衣くらいのカラリ度かもしれない。

とにかくこう、嫌味のないカラッと感。その状態を私は「湿度が低い」と感じる。

 

自分が陰湿だったり、悪い事を考えていたり、ずるっこしようとすると、人生の湿度が上がってべったりしてくる。

なんだか梅雨の晴れない日のグレーになってくる。洗濯のTシャツは乾きもせず、ずっと生乾きみたいな。陰湿って字で書くくらいだから湿気ってるだろう。

 

湿度が上がっているとき、自分の中のどこかが弱まって他人基準の自分を探してしまうような気がする。湿度が下がっている時は自分基準で世界の好きな場所に勝手にピンを打ち「私はここだ」と言いながら座標を作っている気がする。

そう、きっとドライな人は冷たいわけでもなく、ただドライなだけなんだと思う。ドライで優しい人もいる。むしろドライだからこそ優しくいられる人もいる。

 

自分基準が分っていて、他人の位置も客観的に見えていて、だから他人の世界に踏み込んでいかない。自分の世界に人が踏み込んでこようとしたら、相手に気付かれないようにしつつ、二歩くらい下がって、空いている安全な場所を選んですっと移動する。

そして、あっさりと、あっけらかんと。「私はここだ」と言ってしまう。前置きもなく、枕詞もなく。

 

交差することはあるけど、重なることに期待しない。これがきっとドライの正体。

これってとても他人に優しい。そして、自分にも優しい。

 

 

私の人生の湿度はなるべく下げておこう。

あっさりと、あっけらかんと。「私はここだ」と言って、私が私のいるべき場所を決める。

私が私のために飯を食い、私が私のために座布団を用意し、座れと言う。

畳んでふたつに折った座布団を枕に好きな場所で昼寝する感じが最高。

その最高を知る人が、きっと幸せな人。

 

ドライで行こう。

ダイヤモンドより除湿剤くれるような、いい相棒の隣で。

 

by
Illustrator / Art Director 兎村彩野。1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にプロのイラストレーターとして活動を開始する。17歳でフリーランスになる。子ども向けの絵(NHKおかあさんといっしょの「黒ネコダンス」や「ながぐっちゃん」など)や女性向けの絵、アウトドアの絵を得意する。ドイツの万年質LAMY1本で描く「LAMY Sketch」が人気になる。
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