兎村彩野|Illustrator / Art Director

書く筋肉、読む筋肉。

思えば、こうして自由に言葉で絵を描くようになにか文章を書くようになってまだ一年経つか経たないくらいでした。この一年の変化をとても面白く感じます。

ある物書きがお仕事の友人に「書いてみたらいかがでしょう?」という一言から始まった書く訓練。訓練と言っても、日々思っていることを、言葉でスケッチしていく程度の感覚で、無理はせず、つらつら日記のようなことを、ひたすら繰り返すという感じです。とにかく続けてみることで向き合っていました。

 

1年弱続けてみて感覚の感想です。

 

まず「書く」という行動には筋肉がいるとわかりました。これは描く事も同じで、意外と物理的に指の筋肉や腕の筋肉、じっと1時間弱座って集中する筋肉、そういったものです。絵を描くとき、線の微調整のために腕の横の部分の筋肉と手首の柔らかさと指先の細かい筋肉の動きがすごく重要で(私の場合、指の腹の部分がとくに繊細でいられるように気を付けています)、それを大事にするのとあまり変わらないなぁと思いました。

物理的な筋肉は大事、これは全ての作業において同じなんだなと知りました。

 

精神的な部分だと、これは書くと描くは真逆でした。書くは穏やかなときにだけする作業でした。描くは衝動です。書くは客観で、描くは主観でした。この2つのカクを行ったり来たりすると丁度良くバランスが取れました。人間なので必ず感情のバイオリズムがあり、一定に保つことはできないので、振り幅をゆるやかに狭めることで楽になっていくのですが、やはり揺れているのが人間。なので書くと描くは根本同じ作業なんですが、マッチするバイオリズムポイントが違うので、使い分ける感じです。これは今まで使っていなかった振り幅の方を使えるので楽しく感じます。

 

書くの副産物で、脳内シュミレーション(1人編集会議)が上手くなりました。1つのお話に主題は1つと決めているので、主題を見つけたら、それがメイン食材になり、今日はどういう組み立て(料理)をしようかなぁと、一日中ぼんやり段取りを考えます。一切メモは取りません。記憶にたくさんのネタを詰め込んで、忘れるという情報整理のふるいにかけています。覚えていたモノだけを書いています。

書くというのは料理のレシピではなく、料理の段取りの方に近いんだと知りました。レシピは世の中にいっぱいあるのですが、段取りは自分の特性に合わせて組み換えながら改善していく作業です。物質として世界に同じ台所が存在しないので、台所は環境の比喩です。台所にあった段取りが必要という意味でもあります。

同一段取りの人はたぶん世界にいなくて(近い人はいる)どういう段取りに進化するかが個性であり、レシピはあまり重要ではないなぁと感じました。レシピと段取りが別物だと気付けたのはラッキーでした。

何か1つ段取りが上手くなっていくと、人生全体の段取りが向上していくので、段取り力はかなりつかえるなぁと実感しています。とくに書くという作業はそれを伸ばしてくれる感じがありました。

 

書く筋肉に気付いてきたおかげで、大好きな読書の時の読む筋肉も少し育った気がします。今まではただ好きでぼーっと読んでいたのですが「こういう表現分かりやすいなぁ」「こういう表現は苦手だなぁ」と自分の中で少しだけ読む基準以外の軸で本を読めるようになりました。とはいえ、読書は私の趣味なので、読む筋肉は無理せずなるべく楽しんで読むは大事にしています。ただの読者でいることも大事な趣味です。なので読む筋肉でいえば、あえて鍛えないという選択肢ができました。読む筋肉は今後も自然に育つ以外は鍛えないことにしました。

 

身体にはたくさんの筋肉があって、1つを期間を決めて観察したり鍛えてみると、連鎖的に新しい筋肉が見つかったり見え方が変わったり、大きく変化すれば造形も変わります。1年弱の「書く筋肉」の観察で、こんな感じに私は捉えることができました。これもまた新しい景色でした。筋肉って面白い。書くって面白い。描けるって感動。読むってやっぱり面白い。

 

by
Illustrator / Art Director 兎村彩野。1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にプロのイラストレーターとして活動を開始する。17歳でフリーランスになる。子ども向けの絵(NHKおかあさんといっしょの「黒ネコダンス」や「ながぐっちゃん」など)や女性向けの絵、アウトドアの絵を得意する。ドイツの万年質LAMY1本で描く「LAMY Sketch」が人気になる。
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