兎村彩野|Illustrator / Art Director

コツコツ生きた未来に「人生フルーツ」

たまに夫が映画やライブに誘ってくれるのですが、今回もかなり前に「一緒にみたい映画があるんだけど行かない?きっといい映画だと思うんだよね。」とチケットをくれた。わざわざペアチケットを取り寄せて買ってくれたらしく、前売り券が2つでひとつになるデザイン。

打ち合わせの後に会いましょうと夫と待ち合わせして ポレポレ東中野 へ。良い席で見たいねと夫が先に行って整理券を取っておいてくれた。1番だった。小さな映画館が満席になるほど人気だった。

 

人生フルーツ」という映画は、建築家の夫とその妻の生きてきた人生の物語だった。90歳の津端修一

さん。87歳の津端英子さん。夫婦が主人公である。

 

建築家の夫の設計した平屋で数十年、自分が正しいと信じたものが、正しいために、ただひたすらコツコツ生きてきた人たちの、コツコツの結晶を淡々と見る映画でした。土を作り、野菜を作り、果物を作り、それを食べて生きる。ニュータウン開発のその後を共に生きながら、考え、行動する。

 

津端修一さんの行動や言葉をみていると、隣に英子さんがいて生きてきた半世紀がどれほど幸せで楽しい時間だったのであろうかと想像できた。もちろん人生なので困難や挫折、悲しみなんかはある。でもその根底に「自分の事をかならず分かってくれる他人が隣にいる」という運命共同体を得ているので、どこかで「まぁいいか。家帰って旨い飯でも食おう。」となれる自由がある気がした。

 

その自由を、表世界に大きく自慢するわけでもなく、ひけらかすでもなく、ただひたすらコツコツ自分の世界で生きる。津端夫婦にとって、世界は家なのかもしれない。朝起きて畑をいじり、ゆっくり飯を作り、少し手紙を書き、建築のコトを考え、二人で飯を食べてお茶をして話す。その地味で地味でどうしようもないほど地味なコトの中から、物事の本質を見いだしていくのだろう。

 

たった90分のドキュメンタリー映画ですが「地味にコツコツ、正しいと思うモノを信じるために生きていて良いし、生きたらこうなれるんだよ。」という安心と勇気をプレゼントしてくれた。コツコツ生きることは本当に地味で、日々誰かから称賛されたりもほとんどなく、SNSのようにいいね!で自分を数値化してくれない。

 

ただ「やった気がする」という曖昧な自己評価のみが両手と心の中にあり、信じて「やった気がする」を積み重ねる以外に生きている安心や成長を感じるコトができない。弱まっている日はきっと不安にだってなるだろうと思った。たまに少し手を抜いてもいいし、たまに少し休んでもいい、笑ってちょっとサボっちゃいましょうとか疲れたねと言ってもいい、けど、やめることができない。これがコツコツ生きるという意味。

 

自分の選んだ答えを人生をかけて検証・実験をするという、とてつもなく時間のかかる尊い日々。失敗はないけれど、戻ることもリセットすることも出来ず、自分を律せないと後悔するかもしれない。辿り着いた場所を「ここでよかったのだ」と言いきるしかないのだろう。その「ここでよかったのだ」と言いきるために、日々学んで考えて生きていく。しかも他人というパートナーとコミュニケーションを取りながら二人で。

 

私の夫がなぜこの映画を私に見せてくれたのか、とてもよく理解できた。

 

私たち夫婦は「こういう生き方」を体現するために何をしたらいいか毎日毎日確認作業を繰り返す。数年後に関東のある田舎の土地で平屋の家を建て、そこで畑をいじりながら、デザインの仕事をして。そんな自分たちらしい生き方を選ぶために数年かけて準備している。

 

津端夫婦が残してくれた「コツコツ生きることは楽しいから大丈夫だよ」という安心を、今度は私たちの世代の気付いた人からリレーしていく。命や生き方はきっとそうやってカタチのないもので伝え合っていく。そのために。今日もコツコツ生きる。私が夫とコツコツ生きることが、津端夫婦を覚え続けるという生き方になる。評価より結果を愛して生きていく。

 

 

映画の翌朝、二人で「人生フルーツごっこしようよ。」と言って、夫の手作りの柚子ジャムと豆乳マーガリンをたっぷりトーストに塗って食べた。今夜はビーフシチューを作る。夫は他人だけど、人生を楽しむ仲間であり、私は、私の残りの生涯の時間全部を使って夫の妻になる。

by
Illustrator / Art Director 兎村彩野。1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にプロのイラストレーターとして活動を開始する。17歳でフリーランスになる。子ども向けの絵(NHKおかあさんといっしょの「黒ネコダンス」や「ながぐっちゃん」など)や女性向けの絵、アウトドアの絵を得意する。ドイツの万年質LAMY1本で描く「LAMY Sketch」が人気になる。
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