兎村彩野|Illustrator / Art Director

「ただ漫画が好きな人」という人生

人生で漫画に出会ったのは幼稚園の入園前なので3歳か4歳くらいでしょうか?文字は読めないのですが、ドラえもんの漫画を眺めているのが好きでした。モノクロの絵本のように捉えていたと思います。いまでもその記憶が残っています。

その後、幼稚園に入園して、親に本屋さんへ連れて行ってもらった時に「好きな本を買ってあげるよ」と言われ、自分でドラえもんを選んだと思います。持っていないドラえもんを買ってもらった気がします。

 

漫画のコマの読み方が分からず眺めるだけでしたが、父が私にコマの読み方を教えてくれました。横に進んで段を降りて。コマを指でなぞってくれて、それを目で追いかけながら読み方を覚えました。効果音も最初は意味が分からなかったのですが、父が音読してくれて「あぁ!そういうこと!」とビックリしたのを覚えています。なんだこれ!すごい面白い!なんで音が絵になるんだ?!と。

 

漫画の神様が小さな私に奇跡をプレゼントしてくれたのか、表紙が可愛いだけで選んで買ってもらったのが、ドラえもんの数多ある作品の中でも名作と言われている「さようならドラえもん」を掲載しているてんとう虫コミックス6巻でした。その「さよならドラえもん」の話が子どもながらに身体に染み込んで染み込んでどうしようもなく好きで、ボロボロになるまで何回も何回も読みました。いまでもドラえもんでなにが好きですか?と聞かれれば、てんとう虫コミックス6巻と答えています。

 

大切な人はいつかいなくなる。自分でやらないと大人になれない。その2つはまさにこの「さようならドラえもん」から本能的に学び取りました。「大切な人がいなくなっても人生は続くんだ」という感覚が、まだ「切なさ」という言葉の本当の意味もよく分かっていないほど幼なかった私を、なぜかギュンギュンに切なくさせました。今でも不思議とあの時の切なさが私の切なさの基準になっているなぁと思います。絵の中の影が好きになったのも「さようならドラえもん」の影響です。

 

幼い頃、家の隣が祖父母の家でした。ランドセルを家に置けば、夕飯まで自由時間だったので、大抵は祖父母の家にいました。そこで読む漫画の時間は宝物で、祖母にもらうおやつ。祖父がつくってくれるクリープたっぷりの甘い珈琲牛乳。夏以外は寒い北海道でぬくぬくするコークスストーブ。その全部が心地よく誰かに甘やかされるだけの時間というものは、生きている幸せそのものでした。祖父母とは相性も良くとても好きでした。なのでその幸せな時間の記憶に漫画が一緒に登場するので、漫画も幸せな物のイメージになっていました。

 

小学生になってからはお年玉やお小遣いで漫画を集めるようになりました。はじめて自分のお小遣いで買った漫画はらんま1/2でした。高橋留美子さんの漫画はどれも衝撃を受けるほど面白く、絵も美しくて、とくにコマの割り方が好きで、絵画のように見ていました。何度も何度もキャラクターを模写してはニヤニヤしました。コマ割りが好きでコマだけなぞって遊んでいた事があります。

今のように情報がたくさんあるわけではない時代だったので、本屋の漫画発売日一覧の大きなポスターのようなものを見に行くのも好きで、そこで読めない漢字を「むー」と思いながら、欲しい漫画がいつ出るかをしらべるのがとても楽しかったです。情報の少ない小さな世界で精一杯好きを集める。そんな子でした。

 

中学高校からは漫画収集もどんどん増えていき、漫画を読まない日がないほど読んでいました。学校で貸し借りもできるようになるので、持っていなくても交換して沢山の漫画が読めました。

 

そこから先は、数年漫画絶ちしてみたものの、やはり辞められないほど好きだと気付いたので、もう死ぬまで辞めるの辞めようと思いました。だらだら毎日読んでいます。

 

 

私の人生にはいつも漫画があり、漫画からたくさん学んでいます。どこが好きかと問われると答えるのも難しいのですが、漫画という文化そのものが好きです。

モノクロの情報量の少なさに潔さを感じます。モノクロなので好きな色を想像で付け足せるところがたのしいです。文字という最小限の言葉が入るバランスは読んでいて究極の快感で、もし、漫画がフルカラーだったら、ここまで好きにはなっていなかったと思います。

 

実は自分が「漫画好きかも?」と気付いたのは大人になってからでした。毎日普通に読んでいて好きが当たり前すぎて「好きです」と名乗る感覚がありませんでした。みんな家で読んでるものだと思っていたので、自分が結構冊数を読む方だと知りませんでした。

友人に「わー!家に漫画すごいあるね!」「え?そんなに買うの?」と言われるようになって、え?そうなの?私の漫画って多いの?と気付いた感じです。

その気付いたときに、とてもうれしかったのは、自分がマニアでもなくオタクでもない「ただ漫画が好きな人」という人でずっと生きてこれたことでした。気付かなかったおかげで、好きのオーガニック状態でいられました。純粋な漫画好きでいられたことが本当に幸せです。意識すると変な力が働くので、それがなくこれました。好きだからといってオタクやマニアにならなくてもいいよなぁと思っています。好きなだけでいたいなと。

 

私よりたくさん読む人はいるし、私より詳しい人はいっぱいいる。すごいマニアではないですが、ただ漫画が好きな人としての漫画への愛情は溢れています。同じように漫画が好きな人がいっぱいいると思うと、本屋で嬉しくなります。文化を愛するとはたのしいことです。

 

部屋の隅で詰まれた漫画の山、本棚で行儀良く並ぶ漫画、倉庫で眠る漫画、机の上の数冊の漫画、電車の中の漫画。景色に漫画があるのが普通で、普通はやっぱり安心します。漫画は私にとって子守歌なのかもしれません。

 

こんなにスキな物が人生にあるというのはきっと幸せなのだろうなぁと思います。好き過ぎて好きに気付かなかったことが、私の人生の「幸せ」なのかもしれません。好きは探すより、自分の中にもうあるコトの方が多いです。

 

これから先、どれだけ長生きしても、漫画だけは「ただ漫画が好きな人」でいようと思っています。「ただ漫画が好きな人」という人生が私にとって一番幸せな状態です。好きは純粋なほど好きでいられます。純粋でいられることは私にとっての幸せです。

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Illustrator / Art Director 兎村彩野。1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にプロのイラストレーターとして活動を開始する。17歳でフリーランスになる。子ども向けの絵(NHKおかあさんといっしょの「黒ネコダンス」や「ながぐっちゃん」など)や女性向けの絵、アウトドアの絵を得意する。ドイツの万年質LAMY1本で描く「LAMY Sketch」が人気になる。
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