兎村彩野|Illustrator / Art Director

人生の先生を自分で選ぶという読書の仕方。

幼稚園の入園頃かその少し前から本屋という場所が好きになり、高校生の頃から本格的に読書を好むようになりました。

 

読書が好きになった話を書こうと思います。

 

高校生の頃。学校へ行くのが少し苦手でした。友だちがいないとか虐めがあるとかではなく、同じ服を着た同じような人が教室に規則正しく並んでいる景色をどうしても心地よいと感じることが出来ないという理由でした。好き嫌いではなく、学校という仕組みの本質が理解できないので、心や体が戸惑うという感じです。

小さいことなのですが、先生と学校と社会の三角の中で矛盾に気付くと「なんでだろう?」と心が立ち止まってしまい、その場で考え込んでしまう癖があるようで、立ち止まっている間に学校という空間が先に進んでいってしまうので、気付くと自分だけすごく後ろにいて、追いつけなくなります。

小さい頃から自分で迷って迷って考えている時間が好きだったので、考える時間がマイペースに取れないことがムズムズしてしまうようです。

 

高校へ通うとしばしば頭の中がグルグルするのですが、勉強は好きだったので、無理にすべてを学校に合わせず、自分の興味が持てる授業は楽しみつつ、気持ちの中で学校と少し距離を取ることにしました。「本は全部教科書だと思おう。」自分の中でそう決め、空いた時間で本を読むようにしました。最初は読みやすい小説を読んでいて、段々と、本のジャンルが広がっていきました。

 

ある日、教室での授業中、本を執筆している人は先生の先生なのだから、もっとすごい先生なんじゃなかろうか?と気付きました。学校の先生は自分で選べないけど、本は自分の意志で選べる。ということは読書は自由に自分の人生の先生を選べるという素晴らしい選択肢なのだと閃き光をみつけます。

学校の先生が嫌いとかそういう単純な感情ではなく、自分で先生が選べないことが学校があわなくなっていった理由なのかもしれません。自分が自分の目指す自分になりたいと願うとき、先生は自分で選び学びたいと思うようになっていました。

 

いつのまにか教室にいるより本屋さんにいて背表紙を眺めている方が落ち着いている自分に気付きました。このことに気付いてから、とても気持ちが楽になったのを覚えています。自分で自分の事をちゃんと考えながら生きていきたいなぁと言う発見は、このことがきっかけになっています。

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本が好きな理由に、ずっと誰かの話を聞いている感覚になれるところがあります。どのジャンルの本でもこの感覚はあって、本に没入していくと、目の前に著者が座っていて私と2人しかいない空間で、永遠に私に物語を話しかけてくれているような気分になれます。本は分からなくなったらページを戻ればよく、知らない言葉は調べることができるので、自分のペースで人の話を聞くことができます。このマイペースが不器用な私にはあっていました。

 

 

よく「人の話は聞いた方がいいよね」と夫と話します。人が自分の事を思ってかけてくれる言葉は、案外自分が見落としている本質を突くことが多く、とても参考になります。答えを選ぶのは自分自身ですが、導いてくれるヒントは周りの人がくれます。だから周りに感謝が大事なんだなと理解しています。

 

他人と直接会ってするコミュニケーションはとても大事です。それと同じくらい、私は本という賢い先生のお話をひたすら聞き役になって聞いているのも大好きです。これも1つの「人の話は聞いた方がいいよね」だと思っています。知りたいことが散りばめられていて、著者が伝えたかった想いを汲み取りながら、自分なりに考えて前に読み進める時間はなにものにも代えがたい時間です。

 

読むのは決して早くない不器用な読書ですが、自分らしく生きていくために必要な物であり、そんな本がお小遣いでなんとか買えるこの世界は可能性で満ちあふれている面白い場所です。

by
Illustrator / Art Director 兎村彩野。1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にプロのイラストレーターとして活動を開始する。17歳でフリーランスになる。子ども向けの絵(NHKおかあさんといっしょの「黒ネコダンス」や「ながぐっちゃん」など)や女性向けの絵、アウトドアの絵を得意する。ドイツの万年質LAMY1本で描く「LAMY Sketch」が人気になる。
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