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掃除の時間、もやもやした時間、快適な時間。

 

仕事だ!イベントだ!友だちとの遊びだ!と、色々言い訳をして2ヶ月家の掃除をさぼっていたら、床面積が半分じゃないか?というくらい家の中が酷い状態になった。

さすがに夫から「最近、洗濯物を運ぶ動線が狭くなってきたよ」と指摘された。掃除をサボっている期間の「洗濯物を運ぶ動線は残しておいてね」という寛大な優しさに甘えすぎたなと。

 

8時間(4時間を2回)かけて、仕事場とアトリエを大掃除した。快適な家になったら仕事の効率もUP。気持ちよく働けるし集中できる。集中できるから仕事も早く片づいて、ゲームしたり新作の文具のアイディアを考えたり。やりたかった事も少しずつできるようになった。

夫にがんばった掃除を褒められ、珈琲を飲みながらお言葉を頂いた。

 

 

「人生って掃除の時間数はみんなそんなにかわらないと思うんだ。でも快適だった時間数は結構違うはず。汚い部屋でもやもやした気持ちで過ごすのと、綺麗な部屋でスッキリした気持ちで過ごすのと。

もやもやしない時間を集めた方が、結果的に良い人生になると思うな。

8時間かかる大掃除より、ちょこちょこ10分とか30分の掃除をして、気持ちいい時間を長く維持する方がお得だと思う。少なくとも、8時間の大掃除の前の時間は何日間も(今回は2ヶ月)ずっともやもやだったし、やらなきゃなぁって本人は分かってて思い続けてるわけで。

 

もやもや時間って、時間をロスしてるだけじゃなく、物作りする意欲とか、効率的な動線の損失とか、やらなきゃなぁっていう負の気持ちとか、もっとたくさんのものをロスしているでしょ。とてももったいないよね。同じ家なのにね。

気持ちいい時間を維持するほうがいいよ、きっと。最終的に得してるって体験したんだし。

洗濯物、とても運びやすくなったよ。ありがとう。」

 

 

ありがたい言葉過ぎて、ぐうの音も出なかった。もやもや時間を家に作ってしまい、ごめんなさい。

 

 

前までは「一時保留」と「土曜日掃除(土曜日は仕事を休んで半日キッチリ時間を作り保留したものを掃除する日)」をきちんとルーティーンにしていた。土日にイベントの予定が重なり続けていたのを言い訳に、土曜日分の掃除を削ったので、みごとに「土曜日掃除」が存在しなくなり。

ひたすら掃除をサボるから、保留が積み重なって、どんどん家は荒れていく。

 

当たり前なんですが、指摘されてテヘペロしつつ、気持ち切り替えて「一時保留」と「土曜日掃除」に戻そうと決意しました。改善策として土曜日に予定が入ったら、翌週の平日どこか1日を休みにする。そこで「土曜日掃除」と身体を休める休憩に使う。

 

行動の制御は何回反省しても難しいなと思う。最初は小さな気持ちだった。「ちょっとイベント行きたいから今日は掃除いいか」くらい。1回のサボりだとあまり変化はないので「あれ?大丈夫だな、しめしめ」となり、だんだんと「掃除はいいか、あとあと」。最終的に「あ〜どうしよう。もう掃除どこからやっていいかわからん。逃げたい。」に。心の中にモンスターが育ってしまった。

一度、心が最終形態のモンスターに育てば、行動はかなり大きな力を入れしないと動きにくくなる。心はゆっくりちょっとずつモンスター化しているので、なかなか途中で気付くのは難しい。もともと人間が持っている性でもあるから、意識して気を付けるしかない。もしくはモンスターが出来上がった事を自覚して、反省して受け入れ、無理やり行動して体験を自分自身に与えるか。

 

夫はパートナーである私に、絶対に厳しい言葉を使わない。無理やり掃除させたりしない。ちょっとずつ助言(ヒント)を暮らしの中に置き、私が能動的に動き出すのを待つ。行動し、行動後の結果を体験してから、答え合わせのお言葉をくれる。あんまり甘えてばっかりも良くないよなと反省。

掃除が終わってスッキリしたタイミングだと、流れを体験済みで、自分が行動と心のモンスターを理解してる状態なので素直に反省できる。「そうだな」と毎回思う。もちろん、きっとまたお言葉を忘れちゃう日はくるんだけど、こうして自分の書いた言葉をたまに読み返して思い出せるように残しておく。体験と言葉はセットで使うといいなと思う。

 

 

人間は諍えない癖をもった生き物なのだろう。合理的ではない癖がとても多い。無意識のダブルスタンダードみたいな笑い話はよくある。上手く付き合って行くしかない。苦手と得意があるのも仕方ないので、他人である夫とチームプレイで上手くやっていくしか。家族とはそういうものなのだろう。苦手を補い合うけど、最後まで他人でいる。私は貴方ではないし、貴方は私ではないが、一緒に楽しく助け合って生きていこう。

 

by
Illustrator / Art Director 1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にイラストレーターとして活動を開始。暮らしのシンプルな絵が得意。愛用の画材はドイツの万年筆「LAMY safari」。