兎村彩野|Illustrator / Art Director

小さい頃の「なんでだろう」はいつか解ける日が来る

私がイラストレーターやアートディレクターになったきっかけはファミコンからです。

あの小さなカセットの中になぜこんな面白いものが詰まっているのだろうとワクワクし、親に「コレ作る人になりたい」と話しました。私の親は新しいモノへの考えが柔らいタイプなので「ファミコンは天才みたいな大人が集まって、本気で作っているものだから、どんどん遊んでなにが面白いか考えてみたらいいよ」と言う感じで子育てをしてくれて、当時の「ゲーム=悪いモノ」みたいな価値観を私たち兄弟に植え付けないで育ててくれました。

「ゲームを作る人になりたい」を起点に親と話している中で「キャラクターを作る人」「プログラムを作る人」「管理する人」「宣伝する人」など沢山の職業があることがなんとなく分かってきた(まだまだ子ども過ぎて、そういう職業みたいなものがあるのは分かるけど、ぼんやり程度ですが)。その中で「キャラを描く人」と「キャラの設定を考える人」が自分の一番やりたいことだと分かってきます。

 

どうやらキャラを描く人はキャラだけではなくイラストという大きな括りもあるようだとわかり、「イラストレーターみたいなもの」「毎日図工をしているみたいな人」という職業になると決めました。10歳の時、はじめて人生を自分で決めたときの記憶です。

 

実際に17歳でプロのイラストレーターになり、20代でゆっくりアートディレクター(図工みたいな人)になりました。なので私にとって、この「10歳」を作ったものの一部は、ファミコンであり、Nintendoであり、ゼルダであり、マリオであり、ドラクエであり、ファイナルファンタジーです。あと藤崎詩織かな。

 

 

先日、ゲーム業界で働きCEDEC2018に出展する友人の展示がみたいのでチケットを押さえていたら、彼から「CEDEC 2018でNintendo宮本さんのお話があるよ」と。のんびり行くつもりでしたが、予定を変更して早起きし、CEDEC2018の初日へ行ってきました。遠足へ行く日のようにワクワクでした。

 

 

宮本茂さんはゼルダの伝説の産みの親です。11歳の時にドハマリした「ゼルダの伝説 神々のトライフォース」はカセットが千切れるんじゃないかと思うほどやり尽くしました。宮本さんはファミコン関係の本で「ミヤホン」と呼ばれていて、なぜかこの名前を覚えており、子どもの心の中で「ゼルダを作ったかっこいい大人・ミヤホンさん」という憧れの人になっていきました。

 

ゲーム業界へ進むことはなかったのですが、ファミコンが導いてくれた通りの人生へ進むことができ、今でも純粋なゲームプレイヤーを楽しんでいます。もちろん、Nintendoを愛するユーザーでもあります。

 

 

壇上にいる宮本さんは、終始ニコニコ笑いを交えて話していました。本物のミヤホンさんがしゃべっているんだなぁと思っただけで心にぐっとくるモノがあります。お話の内容はたくさんの記事がネットにあるので割愛しますが、一番好きだった部分をひとつ。

 

アイディアというものは、心の引き出しの中に「なんでなんだろう?」みたいのを持っていて、リラックスした時にふっと閃めいて、いくつかの「なんでだろう」をひとつの閃きが解決する時がある。なのでいつも「なんでだろう?」を引き出しに持っていないとね、という感じのお話をされていました。

ゲームの業界の場合、システムやメモリの容量など制限の多かった時代が長く、本当はやってみたいけど、まだテクノロジーと価格が追いつかないみたいなことが多々あります。そういうとき、きっと宮本さんは「なんでだろう?」にして心の引き出しにたくさんしまっていくのでしょう。そして時代が「なんでだろう?」に追いついたとき、引き出しを開けていく。もしくは、開いていく。

 

ゲームの話が基本なんですが、たぶん、この辺の言葉は生きていくための人間の話をしているような気がしました。どんな仕事にも、どんな生き方にも当てはまる、「結局そういうことだよね」みたいなお話でした。

 

私が宮本さんを好きな理由のひとつに「普通の暮らしを普通にしている」ところにあります。私も、物作りの人生を選んだ日から「普通でいる」「好きなモノのオタクにならない」を大事にしていて、普通に暮らしている中から見えるものを大事にしています。普通の暮らしからみつかる面白いモノ・便利なものを作りたいので、会社通いもせずに、家で働く人生を選びました。「会議室では作れないものを作る人になる」が目標です。

 

小さい頃から、気になると立ち止まってしまい、暮らしの中の「なんでだろう?」がどんどん身体にたまる子どもでした。母子手帳に「よく話す」と書かれており、母に聞いたら「とにかく何でも気になると立ち止まって『なんで?』って聞いてくる子だったんだよ。おかあさん、一日中答えるの大変だったんだから(笑)」と教えてもらえました。もう天性に「なんで?」がたまる体質のようです。

 

「なんでないんだろう?」「なんでできないんだろう?」「なんでコレじゃだめなんだろう?」「これなんだろう?」よく立ち止まるので、器用にスイスイ物事を進められる人間ではありません。学校など同じスピードで動かなければならない場所は少し苦手でした。それでも、今、「なんで?」を解決するのが仕事になり、私の中にある「なんで?」を手にできる形にすると、誰かが「私もそう思っていた!」と共感してくれます。

 

「なんで?」で立ち止まっているうちに、周りから人がいなくなってしまうことがありました。正直、孤独だった時期があります。「立ち止まってはいけないのかなぁ」「どうして私は気になってしまうんだろう」と、人に言ってはいけない気持ちを持っているようで、自分の「なんで?」を隠して生きていた時間があります。その頃、生きずらさの塊のような日々でしたが、大人になるにつれて、これが自分の個性なのだと分かってきました。そして、その個性をいいねと言ってくれる人もいるとわかってきました。

 

今は「なんで?」を全力で楽しみ、仲間を見つけて「なんで?」をみんなで遊べるようになったので、生きやすくなりました。SNSで同じ「なんで?」を持つ人に出会えるようになったのも楽しくなったひとつです。

 

宮本さんのアイディアの話を聞いていて、なんだかとても癒されました。立ち止まっていてもいいんだなぁと。私の憧れだったミヤホンさんは、いまでもいっぱい「なんでだろう?」をたくさん持っている大人で、子どもの頃の憧れていたままの人でした。とても嬉しい時間はあっという間に過ぎていき、私の中に住む小さなミヤホンさんファンの女の子は大満足でしていたと思います。

 

いつか「なんでだろう?」の謎が解ける日はくる。これからもたくさん「なんでだろう?」を見つけて「なんでだろう?」を大事に心の中に持って生きてみようと思いました。同じ「なんでだろう?」を持つ人がいたら友だちになりたいし、他の人の「なんでだろう?」に耳を傾け尊重できる人でいたいなぁと思います。

by
Illustrator / Art Director 兎村彩野。1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にプロのイラストレーターとして活動を開始する。17歳でフリーランスになる。子ども向けの絵(NHKおかあさんといっしょの「黒ネコダンス」や「ながぐっちゃん」など)や女性向けの絵、アウトドアの絵を得意する。ドイツの万年質LAMY1本で描く「LAMY Sketch」が人気になる。
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