この漫画をリュックに入れて家を出たので、帰宅の電車の中で読んだら、読み終わって号泣してしまい、駅のホームで「今すぐ夫に会いたい」と立ちつくしてしまいました。
ある田んぼ風景が広がる田舎の町で、老夫婦が火葬場で焼身心中をし、その事件を追いかける新聞記者が真相を紐解いていくという物語です。
この漫画の物語のベースになっている事件は「福井火葬場心中事件」という実話で、その事件を設定のベースにし、漫画家がそこから架空の物語を足して、自分の漫画に落とし込んでいます。詳しくは巻末のあとがきにあるのでご参考までに。なので完全な実話ではないです。
漫画全体にしっかり伏線が繋がっていく丁寧な物語で構成されています。ウチヤマユージさんの描く絵本のようなイラストのような温もりを感じるほんわりしたタッチが、本来で在ればハッピーな楽しいだけではない物語が不思議な世界観に落ち着いており、読んでいて少し時空が違うような浮遊感があります。
一歩引いて考えたら残酷な物語です。しかし「夫婦でいること」を軸に読むと、絵の雰囲気も不思議な世界観も相まって良いんだと思えます。
全体のバランスが大変気持ちよく、かつ、1冊でキッチリ完結するので、漫画として素晴らしいなぁと思いました。かなり宝物漫画になりました。
物語の主人公は老いた夫と妻です。本当に仲が良かったんだろうなぁと、漫画の中の夫婦にも、福井の実際にいたであろう夫婦にも想像が働きます。
漫画の中で夫が妻に「一緒に死んでくれんか?」と話しかけるとき、一度漫画を閉じました。もし、今、自分がこの漫画と同じ状況だとしたら、ワタシはなんと言うだろう。相手にその台詞を言われたらなんと答えるだろう。
自分の小さな言葉のはしっこだけで本音が分かり、分かるから余計なコトも言わなくなり、ただ微笑み会えるだけの他者との関係というモノは、日々の積み重ねで出来上がる。その関係というモノが人生において、どれだけ尊く、喜びであるか。
その相方がある日いなくなると分かったら、どうしたらいいんだろう。
ふっと自分だったらという感覚にワープしてしまい、夫がいなくなった日・いなくなる日を想像して意識が遠くなってしまいました。
私は今の夫と結婚してから、1つだけずっと守っていることがあって、夫婦という時間に後悔がないように行動しています。
朝、かならず「おはよう!」と寝室で挨拶をするし、「今日も大好きだよ!」「毎日ワタシの夫でいてくれてありがとう」と声に出して伝えています。なるべくご飯は一緒に食べ、家事をしてもらったら都度都度感謝を伝えています。
人として当たり前の事ではありますが、隣にいてワタシという人間をワタシという形で存在させてくれている大切な人として幸せを共有し、愛情を出し惜しみせず暮らしています。その日が突然きて、さよならもいえないような事が起こる確率がこの世界には存在している。だから今日一日の行動が後悔のトリガーになる。
「あの時もっとああすればよかった」が夫婦の思い出の中になるべく存在しないように、そしてなにより、小さな行動の積み重ねで夫という人間が幸せでしてくれたなら嬉しいなと思っています。
福井の夫婦も後悔のない夫婦だったらいいなぁと、そして幸せだっただろう時間が過去にいっぱいあった夫婦だったら良いなぁと祈りました。
いつか私たち夫婦も生き続ければ老夫婦になる。一緒に生きてきた何十年に後悔がなく、相手のために自分のために生きていたねと笑えますようにと願います。
どちらかが独りで生きていく日がいつかくるかもしれない。その確率は二人で死ぬことよりきっと高い。ワタシが「一緒に死んで」と言えば「いいよ」と言ってしまいそうな夫だけど、その気持ちだけで十分だし、だからこそワタシはきっと「一緒に死んで」とは言えない。
どうぞ私のことを思い出して残りの日々を過ごして下さいと願うだろう。逆にワタシが残されたら。夫のことを精一杯思い出して残りの日々を過ごすだろう。
だからこそ。今日が普通の一日でも。多すぎるほど気持ちを言葉にして伝え重ねて暮らしていたい。
そういう気持ちを忘れたくないので。本棚の端っこにそっと入れておく漫画。
よろこびのうた
ウチヤマユージ
講談社
2016年7月22日発売
256ページ